スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
もんもん
 こんなに長いこと記事更新しなかったこともなかったなあ。

 昨年から今年にかけていろいろあった。

 またしても雪の降らないさのさかのシーズンイン。
 そしてプロ戦の惨敗。調子悪くなかったのに結果が出なかった。
 先シーズンの成績は何だったんだろ。やっぱまぐれか。

 良いこともあった。
 息子の大学入学。京都での一人暮らしで頑張っている。家にいたころからは
想像もつかない成長ぶりだ。親の心配とは裏腹に子どもは大人になっていくんだな。

 今年は娘の大学受験。家の中は気を使ってピリピリムード。
 オープンキャンパスとDVDの編集で東京に行く機会がいきなり増える。
20170720_130633.jpg

 さて、来季の心配。さのさかはどうなるのか。スクールはどうなるのか。
 仕事の心配、スキー場の心配、子どもの心配、お金の心配。
 頭禿げそうだ。
 
スポンサーサイト
す、滑りたい(+o+)
12833326_844506142342662_1422387320_n.jpg

 またこの季節がやってきた。でも雪降らない(+o+)

 先日志賀高原は熊の湯スキー場に初滑りに行ってきた。しかし、前日の雨で土が出まくり。
 しかもうねっているので初滑りにはあまり適していなかったな。
 
20161103_194819.jpg
 カスタムプロデュース様から今季のサポート商品が届き、気持ちは高まってきた。
 今年は春からコツコツと体幹部のインナーマッスルを鍛えてきた。そんなにきついトレーニングではないが、
やり方、フォーム、呼吸をしっかり意識して正確に。昨シーズン調子が良かったのはおそらくこの体幹部の
トレーニングのおかげだろう。
 今年は何度か山にも登った。後半はランニングにも力を入れ、良く走った。大会にも出た。

20161117_073225.jpg
 そういえば先日こんなものが出てきた。1992年のプロサーキット登録カード。俺がデモに転向する2年前か。
 プロやめてデモに転向して7年やりデモ引退。そして再びアマチュアからスタートし2度目のプロになり10年か。
 そりゃ俺も歳取るわけだ。
 でも、いまだに毎年毎年自分の滑りが進化しているのを実感できるのが嬉しい。そしてプロ戦でもそれが結果として
表われている。
 まだまだ伸び代があるんだな。だからスノーボードはやめられない。モチベーションを持ち続けることができる。
 あー!早く思いっきり滑りてえなー!
 
更新しないままあっという間にまた冬だ!
 これじゃ気まぐれ日記どころか1年ぶり日記だヽ( ´_`)丿

 春からさっそくもう一つの仕事(石材業)に切り替わり、スノーボードのことを
忘れたわけじゃないけど、ほぼ考えることもなく仕事に専念。昨年ほどではなかったけど
今年もそこそこ忙しかった。

 今年の夏は、昨年田多井君から連れてもらった山登りの爽快感が忘れられず、白馬乗鞍岳と
志賀高原に。地味だけどやっぱり気持ちいいね。
 20160807_104638.jpg
received_964917546947576.jpeg

 気持ちいいと言えば、今年久しぶりに白馬ランニングクラブに復活。無理せずトボトボ走っていた。
 ところが9月になってキャプテンの成富君に10月30日開催の「アルプスあずみのリレーマラソン」に
出場しよう!と言われ、一度は断ったものの、なんとなく走ってみたい気もしていて、ついついエントリー
してしまった。目標が決まると、そこに向けて努力しないで臨むのは俺としては許せない性格で、
しかし自分の中でもっとも苦手なランニングをしなければならないのは結構プレッシャーで・・。
 秋になると日が短くなるので、ほとんどジムのランニングマシーンだったが、30分間ビルドアップで
追い込んでほぼ毎日走った。
 おかげで3キロも痩せ(それでも75キロだが)腹筋がうっすら割れてきた。
received_1043803115729105.jpeg
received_1043804062395677.jpeg

 大会は快晴の中で開催され、我々は7人で42,195キロを走破した。1周1,5キロをリレーしていくのだが、
起伏が激しく肺が苦しくて猛烈にキツイ(。>ω<。)ノ
 しかし最後の1周は渾身の納得いく走りで締めくくることができ大満足ヽ(≧∀≦)ノ

FB_IMG_1478050341975.jpg

 そして今日は山でシンシンと雪が降ってる。もう冬は目の前だ。
 冬の準備を始める。スクール開校の準備のほか、自分の新しいマテリアルの準備。これがまた
気分が上がる!新しい構想のもとでテストする今年の俺のボード。ずっと頼っているDEE LUXEのブーツ、
UNIONバインディング、F2のバインディング、VON ZIPPERゴーグル、ガリウムワックス・・・。
今年もDVDを発売することができた。これで第5弾!
20161010_154821.jpg

 
 今年は全国OSキャンプツアーも8回にわたり開催。札幌、仙台、さのさか、広島に45歳以上のスノボーダ―
を対象に巡業する。新しい試みだ。

 シーズンインまであと少し!気持ちを切り替えていこう!



何かをつかんだシーズン
A18D9419.jpg
プロ第1戦で5位と幸先の良いスタートを切ったシーズンだったが
BP5V9296.jpg
2戦目では17位と振るわず(>_<)
D68T2612.jpg
そして最終戦となった3戦目は、まさかのエントリーし忘れをダイナランドに向かう直前に気づき、AL部長の成田に電話。「現地エントリーできますよ」と。ホッと一息。昔ならこれで出れずじまいだったが最近は現地でエントリー可能になった。¥15,000も支払うことになったが、そこは割り切って。

 この時点で俺の作戦は決まった。最後尾に近いスタートなのだから1本目でフルアタックしていい順位に付けないと2本目にタイムが出せない。そんな俺の気持ちを察してか前日は大雨。昨年もそうだったな。どうか今夜冷えて明日アイスバーンになってくれ!そう願いながらホテルでいつものようにチューハイとビールを呑んだ。
20151018_181323.jpg

 さてさて当日朝、願いが通じたのかパキンパキンのアイスバーン。やった!これなら最後の出走でもたいしてコースが掘れないぞ!と。
 スタートでのみんなからの情報によるとDUのインターバルは13mくらいとのこと。
 結構狭いインターバルだ。俺はすぐさま斜度の緩いバーンを選んで確実にエッジを立て小さく深くターンする練習(調整)をした。アイスバーンでエッジの角付けが遅れると次のゲートに入れない可能性があるから。インスペクションもこのインターバルでのリズムをイメージして3本入った。
 1本目、ほんとに最後尾のスタートだった。ビブは356番 56人がデュアルで滑るとしても28番スタート。でも思った通りコースの掘れは大したことがなかった。普段さのさかでもっともっと掘れのきつい状況で練習してきたので気持ちはひるまなかった。
 1本目、リズムに乗りきれなかったが何とか小さなミスにとどめ無事ゴール。順位は忘れたが一桁台のいい順位に付け、気持ちはだいぶ楽になる。2本目の方がミスが目立つも11位で予選通過。
 さのさかで一緒に練習してきた啓太も予選通過し一安心。ところが西村がまさかのDQで1本目にて終了。
 D68T2549.jpg
決勝1ラウンドは同じオガサカチームの宮尾とだった。実力では俺は宮尾にはかなわないが、どうも宮尾は俺を嫌っているらしい。(あ、いや対戦相手として)俺もそれをうすうす感じていたので、俺にも勝機はあると信じてスタートに立った。コースも表面が少し緩んで滑りやすくなってきたのでとにかく自分のペースで滑りきることに集中した。1本目の途中で宮尾が視界に入ってこないのでおかしいなと思っていたが、どうやら途中でミスをしたらしく
そのおかげもあって1秒以上のリードで2本目へ。このリードをキープして無事勝ち上がる。2ラウンドの対戦相手は今君だ。ここまで来たらなりふり構わずフルアタックするしかなかった。
 1本目、掘れていたがとてもリズムが取りやすく、その日一番の滑りができた。中盤でミスをした間に今君にリードを許し、最後の緩斜面で追いつき1000分の4秒差で一応勝ち。2本目も掘れでエッジングミスをし、追いつけずここで敗退となった。
 しかしエントリーし忘れで最後尾スタートからの8位は良くできた。
 今君が優勝だった。

 シーズンを総括してみよう。
20160418_211935.jpg
今シーズン過去最高のプロツアーランキング6位を獲得した。
 42歳で2度目のプロに上がってからの俺のランキングを調べてみた。

05-06  48位(最下位)43歳
06-07  不明
07-08  18位
08-09  19位
09-10  18位
10-11  27位
11-12  26位
12-13  26位
13-14  25位
14-15  13位
15-16   6位     53歳

 まさに苦節10年。07-08あたりからは今から思えば無難に滑ってゴールしてとにかく成績を残すことを考えていた気がする。だからいつも同じくらいの順位。
 10-11からは確かランキングを意識せず、1戦でもいいからシングルの順位を残そうと守ることをやめたはずだ。だから順位は安定しなかったが、このころから今の滑りでは上には行けないと思い滑りを徹底改造しようと考えた。まずいいポジションとは何かを自分なりに考えバインディングやブーツのセッティングを大幅に変えた。
 そのうちバックサイドターンが足を引っ張っていると思うようになり、いろいろ考え、さまざまなことを試した。オガサカに移籍した晃平の理論も理解した。俺には到底マネのできるものではなかったがとても参考になった。そして同期でプロに上がった啓太が47でのプロ戦GSで6位に入賞したことに大きく刺激を受けた。やがて啓太がうちのスクールにこれまた移籍し、西村も迎えAZレーシングチームを復活させ活動するなかでさらに俺のレーシング魂は火が付いた。普段のゲート練習での完走率が異常に高い啓太を見ながら俺は俺なりにいろんな滑りの実験をしてきた。時には西村からの一言にヒントをもらい欠点を見出した。
 やっと目立つ成績が出るようになってきた今年、つくづく思うことがあった。俺は自分で言うのもなんだけど、つくづく不器用で、んで努力型だなって。
12071752_844506152342661_2078894445_n.jpg
だって、当時小学生だった大也はさのさかに通い、フリースタイルでテクニカルの大会に出ては勝ちまくり、グラトリもバンバン決めていたかと思いきやいつの間にかアルパインに転向。まだアルパイン歴浅い大也に俺はあれよあれよという間に追い抜かれた。
過去のオリンピアンたちやすでに現役を退いてしまった戸崎や工藤、吉岡健太郎、をはじめ、現役のトッププロたちは、俺が10年もかかってやっとわかってきたことを、あっという間に身につけていく。いや、俺はスノーボード歴33年。33年もかかった。
トップ選手が引退していくなか、オッサンの俺はあきらめきれずコツコツ続け、やっとつかんだシングルランキングの座。「うさぎとかめ」「継続は力なり」これ、まさに俺のことじゃねーか。
FB_IMG_1460982335733.jpg
マツコというプロがいる。あ、間違えた。マコツか。あの男はホントにすごいな。何がすごいって、もともとクロスでプロに上がったんでしょ。クロスの大会で活躍しながらテクニカル選にも参戦し、ちゃんと上位にランキング。それだけかと思ったら何年か前からアルパインを履きだし、きっと興味本位だろうと当時は思っていたが、いやいやしっかり研究しトレーニングを重ね、アルパインでもプロ戦でシングルの順位に入ってきた。もうこれが脱毛じゃなくて何だって言うんですか?あ、脱帽でした。
ほんの短期間でこれですよ。もちろん努力はしているでしょうが、マスターする早さが俺とは段違い。

でも、いいんです。俺は俺。遅いながらもこうやって実を結んできたんです。
今シーズン、男子アルパインの初代オリンピアンである鶴岡剣太郎君に声をかけてもらい、一緒にキャンプをさせていただいた。その時に剣太郎君がキャンパーのみんなに説明していたある一言が俺の心にスーッと入った。あたりまえのことだったが新鮮だった。
そしてそれがきっかけで俺のレースでの感覚が大きく変わった。
それからわずか何日後のプロ初戦で5位となり、大きな自信につながった。

昔から師匠のいなかった俺はいつも自分で考えて滑りを組み立ててきた。
33年滑ってしみじみ感じたことは、基本が大事ということ。
基本は裏切らない。

状況と体が続く限り、俺は挑戦する
プロ第2戦は残念ながら
 前回いい報告ができたプロ第1戦だったが、19日に菅平で行われた第2戦の
PGSは17位に終わった。
 
 大会前日までの3日間、SBJ(スノーボード関連のニューモデル展示会)に行っていたので
多少不安はあったが当日朝の足慣らしでほぼ不安は消えた。

 メンタルもとても安定しており、今回の急斜面とアイスバーンも落ち着いて滑れた。
 1本目は左コースの7位だったが、もっとイケたなと後悔も残った。

 気持ち新たに2本目に臨むが、ボードが暴れて1本目よりタイムを落とし17位に。
 決勝進出は16位まで・・・(+o+)

 自分の改善点をしっかり見極めるために、決勝ノックダウンでは今回招待選手の
オリンピアン、ベンジャミンカールや竹内智香らをはじめトッププロの滑りを
コース横でしっかり研究した。

 よーくわかった。自分の修正すべきところが。すごく勉強になった。

 で、予選落ちしてしまったので「思い出づくり」
20160219_104911.jpg

 ベンジャミンカールと一緒にリフトに乗って (^^)
 


 
Copyright © 相沢盛夫のきまぐれ日記. all rights reserved.
Design by Pixel映画山脈

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。